続2・錯識入門
イスラム教を普通に信仰する人々にも公正で平和な社会が訪れて欲しい。親しみのあまりないイスラムのことが頭から離れない。イスラムというとフセインやオサマビン ラディンを思い出す。それだけ日本人が巻き込まれてしまった衝撃は大きい。
罪は罪で裁かれるべきだが、一過性の報道でなく過激派名乗るイスラム国なる集団がなぜ生まれてきたのか、その歴史的背景なるものにもジャーナリズムは迫るべきではないのか?第1次世界大戦のオスマントルコ帝国時代、中東戦争、原油決済通貨、アフガニスタン戦争、イラク戦争を経て巻き込まれた人々の人間らしい言葉はあまり届かない。彼ら過激派集団にもオカルトであることをどうやれば分かってもらえるのか?オウム事件を思い出す。その意味で力でなく、貧困や人道を最優先する日本政府は素晴らしく誇り高く品格が高い。日本が保有する外国債がIMFに流通して、現金に戻ることがないのなら彼らの幸せの為に使われた方がまだましだ。一市民がこんな事を平気で書けるのも素晴らしい。
更生したイスラム過激派集団にも平和が訪れて欲しい。イスラム国と言いたくないのはイスラム対キリストなどの認識の摩り替えが起こるからだ。欧米のもたらした平和で豊かな恩も忘れたくはない。
今更ながら、平和は尊い。
コメント